2013年9月9日月曜日
ユニーク・クローズ
「もし、ある日、会った人全員から”ねえ今日の服、変だね”って言われたらどうする?」
今から何年も前、仲間内でそんな話題になったことがあった。
ショックを受ける。
怒る。
言った相手と絶交する。
いずれにせよ、その服はしばらく(あるいは二度と)着ないだろう。
誰に聞いても、答えは大体同じだった。わたしも同じだった。
ただ一人をのぞいて。
◇◆◇◆◇
ある年の冬、アメリカで働く友人を訪ねたことがありました。
彼女は髪が長くて、スカートとハイヒールがよく似合い、愛らしい顔つき。
学生の頃から、周りの男の子は彼女を放っておきませんでした。
異国の海辺の街で働く彼女はキラキラしていて、ますます魅力が増したようでした。
今ならわかる。もちろん彼女のそのきらめきは、内面からにじみ出るものだった。
けれど、どうしてか当時、その表面的な美しさばかりにフォーカスして、
私は「そうか、そうだよな…」と勝手に納得していました。
女の子は女の子らしく。男の子が好きそうな格好をしなきゃ、愛されない。
旅行に前後して、真っ白なダウン・コートを手に入れました。
女の子らしい(と、勝手に自分で考えた)コート。今までの自分なら絶対に買わない色。
好みじゃないけど、大勢に好かれそうな(と、やっぱり勝手に考えた)デザイン。
好みじゃないから、あんまりお金をかけるのは惜しい気がして、某大手の衣料品店の、しかも安売りセールで買った服。
それでも、自分ではそれなりに気に入っているつもりでした。
だからいつもの仲間との飲み会にも着て行った。それで言われたのがこれです。
「さっきからずっと思ってたんだけど・・・、そこの白ダウン何」
私は突然受けた質問の意図がわからず、こう答えました。
「何って、私のですけど」
相手はなおも尋ねました。「もしかしてそれ、着てきたん?」
私はうすうす嫌な予感を覚えたけれど、今さら引き下がるわけにもいかず、
「いいでしょう?〇〇で買ったんです。しかも、安かったんですよ」
すると相手は急に真顔になって、
「それはないやろ」
関西人でした。
一瞬絶句した彼は、呆れた顔をして、かと思ったら吹き出しました。
「しかも、安売りで買ったって得意そうに・・・本気か」
私は笑われてることに顔が赤くなって、しまった、と思いました。
しまった、見つかった。
なんとなく、言われたことの意味がわかったのでした。
「ないですか」
恐る恐る、でも期待を込めて、言った。「これ、ないですかねぇ。」
「全然似合ってないで」期待どおりのダメ押しが返ってきました。
その時の、図星をつかれた猛烈な恥ずかしさ。
と共に感じた、嬉しさとほっとした気持ちとを、今でもよく覚えています。
ああそうか、私は本当はずっと、誰かにそう言ってほしかったんだ、
と、そこでようやく自覚しました。
私の白ダウンを全否定した関西人は、自分こそ、しょっちゅう奇抜な格好ばかりしていました。
辺鄙な古着屋の隅っこの方のコーナーにある、さらに隅っこのもはや誰も選ばないような服。
店員すらその存在を忘れてて、買おうとしたらびっくりされるみたいな・・・
(と言うのは私の勝手なイメージだけれど)そんな服を愛しそうに着ていました。
しかもくやしいことにまた、それがよく似合ってた。
誰も彼の格好をばかにしないし、たとえそんな人がいたとしても、
彼は嬉しそうなのでした。ふふん、変だろう、と言わんばかりに。
そんな彼はまた、実は前々から、私の格好について褒めてくれていました。
センスがあるな、お洒落やな、と独り言のようにさり気なく、ぼそっと呟いてくれました。
言っておきますが、特に奇抜な格好もしていなければ、
ファッション誌だってほとんど読んだことのない私です。
田舎育ちで、目立たなくて、真面目で、人の目を引く顔立ちでもない・・・
昔から、そんな自分に全然自信がなかった。自分をお洒落だと思ったこともなかった。
このままでは、ありのままの自分ではだめな気だけがずっとしていました。
誰かに愛される自分に変わらなければいけないと、切実に思っていました。
だから、せめて人に好かれそうな服を着てみよう。
そう思ってしまった。
自分がその服を好きかどうかなんて、どうでもいいんだ。
そう思おうとした。
言い換えれば、私は私を信じるのをやめようとしていたんです。
自分が嫌で、いっそのこと自分であることを放り投げようとしていた。
なのに、彼は私が投げたそのボールを躊躇なく拾って、手加減なく、
思いっきりこちらに投げ返してきました。
「いや、別に白ダウンが悪いって言ってるわけじゃないで。
その店で買う人もいっぱいいる。それはそれでいい。
ただ、お前がそれを着るのは、違うやろ」
(関西弁が適当ですみません)
なんでセンスがあるのに妥協するのか、なんで自分を貫こうとしないのか。
まるでそう言われたようでした。
褒めてはいなかった。ただ責任をもてよ、と言われている気がした。この自分の人生に。
自信があろうがなかろうが、持って生まれてきたものをなかったことにするなよ、と。
年上だし、友達というとまた少し違う感じがする。もちろん恋人でもない。要は、バイトの先輩。
そんな彼が、他の誰よりも、いや私よりも、私を信じてくれた。
本人は、もちろんそんな意識はなかったと思うけれども。
本当はお洒落が好きだったこと。
実は自分では自分のセンスを愛してもいたこと。
そんなこと一度も口に出して言ってないけれども、どうしてだか認めてくれた変な人。
センスを貫け、適当なところで手を打つな、理由なく自分自身を好きでいろ、楽しめ!
そんなこと一度も口に出して言われてないけれども、
彼と関わったことで、私はもう何回も数えきれないほど、そんなメッセージを受け取りました。
結局、その飲み会の後、一度も着ることのないまま、私はその服を処分した。
そう言えば、この服着てるとき、全然楽しくなかったな・・・と、捨てる時に思いました。
それからもう何年も経ちますが、未だに一緒に飲む度にその話題になり、
「白ダウン」という単語が出るだけでもれなく彼は笑います。
一体いつまでからかうつもりなのかと私はふくれて、でもこっそり、とても嬉しい。
◇◆◇◆◇
「もし、ある日、会った人全員から”ねえ今日の服、変だね”って言われたらどうする?」
唯一の回答はこうでした。
「この俺のセンスがわからないなんて、なんて可哀想な奴らなんやろう!
…と思いつつ、それはそれで嬉しい」
だからがんがん着続けるよ、と笑って。
「いいか、自分が好きな格好をしてたら、自分が好きそうな奴が寄ってくんねんで。
だから、自分が本当に好きな格好をいつもしとけ、それでいい。」
(やっぱり関西弁が適当)
うっかりあの時の白ダウン的な思想に落ち入りそうな時、
つまり、他人の目を気にして何かをあきらめようとしたり、自分を信じられなくなりそうな時、
そんな彼の言葉が頭をよぎります。
そして私ももれなく笑ってしまう。
もうこれからは自分が好きな格好だけしよう。
二度とあんな服、あんな楽しくない服は着ないぞ、と思いながら。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
白ダウンを持っている方、気分を害されたらごめんなさい。
ていうか、もし万一持ってたら、害されますよね…。ごめんなさい。
なんというか白ダウンはあくまでただの象徴なので、
大目に見ていただけると、ありがたいです。
(わたしが買ったの、安物だし。)
この話はもしかしたら共感は得られにくいかもしれないけれど、
それでも誰か一人の心にでも届いてくれたらいいな、と思って書きました。
「人間は、本当に自分のことをわかってくれる人が一人でもいたら、生きていける」
と、カウンセリングを教えてくれた先生が前に言っていました。
そういう話だと言ったらさすがに言い過ぎだと思うけれど、
ちょびっとだけ、そんな気持ちで書いてみました。
自分の好きな格好をするということは、
自分を大事にする第一歩だよな・・・と、今になってしみじみ思います。
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